藪 慎一郎 (やぶ しんいちろう)
出身地 | 岡山県 | |
居住地 | 岡山県岡山市 | |
生年月日 | 1980年7月21日 | |
国家資格 | 理学療法士免許 | |
所属 | 日本オステオパシープロフェッショナル協会 | |
経歴 | 平成14年 | 徳島医療福祉専門学校卒業 岡山市内某整形外科に勤務 |
平成22年 | 日本オステオパシープロフェッショナル協会入会 | |
平成27年 | ジャパントラディショナルオステオパシーカレッジ入学 | |
令和 2年 |
ジャパントラディショナルオステオパシーカレッジ卒業 |
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家族構成 |
妻と子供3人 の5人暮らし | |
好きな事 |
身体のしくみについて学ぶこと スポーツする・観る |
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好きな言葉 |
温故知新 感謝 |
藪 慎一郎 (やぶ しんいちろう)
出身地 | ||||||||
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岡山県 | ||||||||
居住地 | ||||||||
岡山県岡山市 | ||||||||
生年月日 | ||||||||
1980年7月21日 | ||||||||
国家資格 | ||||||||
理学療法士免許 | ||||||||
所属 | ||||||||
日本オステオパシープロフェッショナル協会 | ||||||||
経歴 | ||||||||
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家族構成 | ||||||||
妻と子供3人 の5人暮らし |
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好きな事 | ||||||||
身体のしくみについて学ぶこと スポーツする・観る | ||||||||
好きな言葉 | ||||||||
温故知新 感謝 |
はじめまして
岡山市北区のオステオパシー整体院 息吹の 藪 慎一郎と申します。
つらい症状を抱えていることによって、自由な日常が思い通りに送ることが出来ない
多くの方々に対して、施術を通して健康で、笑顔あふれる人生を送って頂けるように、
お手伝いをさせていただいています。
オステオパシーとの出会い
私は平成14年に理学療法士の国家資格を取得し、岡山県下では最大級の整形外科に就職しました。
病院に就職してからは入院、外来、訪問リハビリなどで、術前、術後、スポーツ選手、在宅患者さんなど様々な患者さんを担当する機会を頂き、患者さんをどんどん良くしていくぞ!と、希望を胸にリハビリの仕事に打ち込んでいました。
しかし現実はそんなに甘いものではなく、患者さんの痛みがなかなか取れなかったり、
痛みや動きが良くなっても一時的であったりと、思い描いているような結果を出すことが出来ず、患者さんに対する申し訳ない気持ちと、自分の力の無さに悔しい思いをしていました。
このままではだめだと、理学療法やスポーツについての様々な講習会やセミナーに参加し、文献などを読みあさって、知識、技術の研鑽を積んで行きましたが、なかなか納得できるような結果を得ることはできませんでした。
自分の進むべき方向性が分からなくなり、暗闇の中を模索しているような時にオステオパシーと出会うことになります。
それは私が今所属しているJOPA主催の「オステオパシーの世界へ」という、一番最初の導入のセミナーでした。
そのセミナーを受けて衝撃だったのは、出てくる解剖学の用語が、
「一体身体のどの部位の話をしているのだろう?」と思うくらい、
初めて耳にするものばかりだったことです。
恥ずかしながら、その時にとったノートには、単語の漢字さえもわからなかったため、
ほとんどひらがなで書いていました。
分からなかった単語を解剖学の本で調べてみると、そこには全て記載されていました。
つまり、その時の私は解剖の知識だけにおいても筋肉、骨、関節などの人間のほんの一部分の知識しか無く、その部分的な知識で患者さんをみていたのです。
まさに木を見て森を見ずの状態でした。
このセミナーを通じて筋肉や骨は言うまでもなく、
内臓や頭蓋、血管、神経、リンパ管など、解剖学的に全ての体の構造は結合組織や筋膜で繋がっていて、これらの構造に問題が起こることで、体の機能にも問題が起こることが分かり、今まで考えも及ばなかった、全く新しい知識や考え方に触れ、感動を覚えました。
また、オステオパシーは痛みやしびれなどの整形外科疾患だけではなく、
内臓の問題などの内科疾患、生理痛や、不妊症などの婦人科疾患、
また中耳炎や夜尿症などの小児疾患や精神疾患、インフルエンザなどのウィルス感染予防など様々な問題に対して、手技療法で対応することが出来ることが分かり、
自分の探求していく道はこれだ!と世界が広がり、明るくなった感じがしました。
オステオパシーを体験して
当時、私は中学生の時から定期的に来る片頭痛に悩んでいました。
発作が起きると、だんだんと視野が狭くなって、目の前が真っ暗になり、寒気を伴う震えと嘔吐、そして、拍動を打つたびに鈍器で殴られるような頭痛があり、それが数時間続いていました。
一番ひどかった時は朝、頭痛が強すぎて意識を失い、目が覚めた時は夕方、病室のベッドの上だったこともありました。
何度かオステオパシーのセミナーを受けていた中で、本場アメリカのドクターに直接施術をしてもらえる機会があり、身体を診てもらうと、
「あなたは出産の時に、頭蓋骨を強く締め付けられていて、その力学的なストレスが今も掛かっている」と言われました。
セミナーから帰って母親に聞いてみると、「頭が出てくる途中で一旦止まって大変だった。」
ということが分かりました。
自分でも知らなかった事実をドクターは触診(手で触って)で導き出し、しかも施術をしてもらった後からは、定期的に出ていた片頭痛の回数が激減し、現在は症状もほとんど無くなっています。
この体験を期に、オステオパシーの哲学的な概念、理念、診断技術や治療手技を生涯を掛けて学んでいこうと思いました。
オステオパシー整体院 息吹を開院
オステオパシーのことを深く学んでいくにしたがって、今まで変化が出なかった患者さんに対しても、回復のお手伝いが出来るようになり、喜びの声を多く頂けるようになってきました。
この時患者さんから掛けて頂いた感謝の言葉が、今でも私の大きな原動力になっています。
勤めさせていただいていた病院は大変素晴らしい職場で、リハビリもとてもやりがいがある仕事だったのですが、保険診療内ではどうしても時間と、治療部位に制限があること、
また、5年間通ったオステオパシーカレッジを卒業したこともあり
岡山市北区にオステオパシー整体院息吹を開院することになりました。
色々な病院や整体院にかかっても原因がはっきりしなかったり、改善が見られない患者様に多く通っていただいています。
今後もより多くの患者様に「オステオパシー息吹で施術を受けて良かった」と、お言葉を頂けるように、知識と技術の研鑽に励んでいきたいと思っております。